平岡ヘッドコーチ就任インタビュー

平岡ヘッドコーチ就任インタビュー

新チームが始動するにあたり“大東レジェンド”の一人である平岡正樹さん24期)がヘッドコーチに就任されました高校、大学、社会人と常に結果を残してきた平岡さんに過去のエピソードとチームへの想いを語ってもらいました。

母校の大東一高生に指導する平岡さん。「高大連携7年強化計画」の想いも強い!

今年度よりヘッドコーチに就任された平岡さんですが、就任までの経緯を聞かせてください。

酒井監督が去年まで付属の大東一高のコーチをしていたのと、同期の息子が大学のラグビー部員だったので、色んな噂話しは耳に入ってきていました。そんな時に大学の方は今年度から酒井監督が就任することになったので喜んでいたら、改まって僕に話があるというので、「きっとOB会を手伝ってくれって話かな」ぐらいに思っていました(笑)。そうしたら「一緒にチームを変えましょう!ヘッドコーチをお願いします」ですから驚きましたよ(苦笑)。

その話を聞いた時はどんな気持ちでしたか?

前々から酒井監督には「何でも手伝うからな!」とは言ってはいましたけど、まさかヘッドコーチで声がかかるとは思いもしませんでした。だって僕はもうラグビーから10年以上も離れていましたからね。でも同期の息子から聞いた話や試合を観に行った時に、自分なりに今の大東大に足りないものは何かを考えていたし、それが酒井監督の考えていることと近かったので「俺でよければ!」と返事をして腹をくくりました!


昔の話に戻ります。平岡さんがラグビーを始めたキッカケを教えてくだい。

親が自営業だったということもあり、元々高校に行くつもりはなかったのですが、中学最後の三者面談で担任の先生に「ある高校の体力測定に行ってみないか?」と言われて受けに行きました。その時は、その高校が大東一高で、測定がラグビー部のものだとは全く認識していませんでした。でも帰り際に、後に自分の中での師匠となるコーチの望主先生に服を脱がされて「ラグビーのナンバー8に理想の身体だ!ウチの高校を受験しなさい!」と言われるがままに受験して入部したので、それがそのままキッカケになりました。

高校時代は3年時に主将で日本一になりますが、当時のお話を聞かせてください。

1年時は自分だけ上級生のチームと共に行動をしてシゴかれて、終わったら1年生の基礎体力トレーニングや仕事をやらなければならなかったので心身ともにキツかったですね。
2年時はチームが本当に弱くて全然勝てませんでした。それでも花園東京都予選決勝まで勝ち残り、相手は何度対戦しても勝てなかった本郷高校だったので、望主先生が「お前らに自信を持たせたい!」と3日間で1000本のスクラムを組みました。最初、僕は「(スクラム最後尾の)ナンバー8でよかった〜」なんて呑気なことを思っておりましたが、PRの選手たちの首が擦れて血を流しているのにタオルを巻いてスクラムを組む姿を見て、心から熱くなりましたね。1000本を最後までやり切った後はチームに一体感ができて、そのせいかはわかりませんが本郷高校相手に同点の末抽選勝ちで花園に出場できました。これは今の時代にはそぐわないかもしれないけど、勝ち切ることは理屈じゃないんだなと学びましたね。

また、その時にBチームでスクラムの相手をしていたメンバーがそのまま3年時のスタメンでしたから、それはもう強かったですよ。どこの高校とやっても負けなかったし大学生にも勝ったりしていましたからね。だから花園で日本一になった時も「やっぱな!」ぐらいの気持ちでした(笑)。だってどこよりも練習をしていたので、負けるはずがないと思っていましたから。


花園で日本一になった感想が「やっぱな!」ってすごいですね(笑)。大学でも2度日本一になられますが、その頃のお話を聞かせてください。

大学では1年時と3年時で日本一になるのですが、やっぱり自分たちが4年の時に勝てなかったのが悔しいですね。準決勝で敗退(●vs10-38日体大)したのですが、最後までベストメンバーを組めなかったのが今でも悔やまれます。だって3年の時に日本一になったメンバーが12人も残っていたわけですから。一度でいいから自分らが考えるベストメンバーで試合がしたかったです。負けたのには色んな要因がありますが、やっぱり高校時代と比べて練習量が一気に減ったのが大きかったと思います。高校時代の貯金だけでプレーしていましたが、他のチームはもっと練習をしているし、なんだかガス欠なのにエンジンを吹かしていた感じでしたね。それでは怪我人も増えちゃいますよ。


大学卒業後はRICOHに進み主将も監督も務められます。RICOH時代の話も聞かせてください。

選手の時より監督の方が全然大変でしたね。でも選手の職場の上司に挨拶回りをしている時に、一人の上司が「嵐が吹いても、ひょうが降っても、竜巻が起きても、平岡が決断をして環境を作るんだ。決してゆらがないこと!」というアドバイスを頂いたことが活きた気がします。また「何か一つ強みを作ること」とも教わり、その時はディフェンスを重点的に鍛えて全国大会ベスト4まで行き、20年以上ぶりに日本選手権にも出場しました。


改めて素晴らしい経歴ですね。さて今年から母校に戻り約5ヶ月が経ちますが、手応えはいかがでしょうか?

そうですね。もう毎日「これでよかったのかな?」と自問自答しております。でもこの不安は今後もあるでしょうし、逆に不安がなければいけないんだなとも思っております。


気になる選手はいますか?

FWになりますが、FLの手嶋(石見智翠館④)と蓑洞(御所実業③)が起爆剤的要素を持っているので期待しております。春シーズンは怪我人が多い中、昨年度までほとんど出場機会がなかったLOの辻岡(和歌山工業④)と鈴木(金足農業④)の二人がよく身体を張ってくれましたし、PRの河野(春日丘④)や奥原(大東一④)も頑張ってくれました。これに最近はPR松山(岐阜工業④)やNO.8リサラ(青森山田③)が戻ってきたし、LO佐々木(八戸工業③)もU20日本代表で成長して帰ってきました。もちろん副将のHO西林(御所実業④)と主将のSH稲葉(御所実業④)はもう言う事ないです!


お話を聞いているだけで楽しみになってきました!それでは最後にシーズンに向けての意気込みをお願いします。

もうリーグ戦開幕まで1ヶ月を切ったので勢いをつけたいですね。FWに関しては選手も自分も突っ走りたいです!もし自分が暴走しすぎたら柴田コーチが止めてくれますし、逆もあります(笑)。とにかく良い状態で開幕戦を迎えたいと思います。


平岡 正樹
196837日 埼玉県生まれ AB型 大東一高大東大RICOH
65回全国高校ラグビー大会優勝(主将)。23,25回全国大学選手権優勝

RICOHブラックラムズ東京初代監督。U23、7人制日本代表。
2015年にRICOHを退職して東京・大塚に居酒屋「うらら」をオープン。